息子が不登校になった時、あなたならどうしますか?

いいね!と思ったらシェアしてね♪

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「ついに恐れていたことが現実になった…」

息子が「学校には行かない。行く意味がない。」と言い出した時、私はそう思った。息子は中学一年生。公立のごく普通の中学の生徒だ。

元々個性が強い、我が強い息子は保育園から小学校時代にかけても様々な問題を起こしてきた。何度先生に呼ばれたかわからない。とにかく集団生活が苦手なようで、周りに合わせると言うことが全然できないのだ。そして先生の言うことをきかない。怒られても全然平気…。先生泣かせの子どもだった。

中学に入学した当初は割と楽しく過ごしている様子だったのだが、しばらくしてから雲行きが怪しくなってきた。入部した部活で夏休み前辺りまではそれなりに楽しそうにやっていたし本人なりに気合いを入れて頑張っていたのだが、夏休みに入ってから少しずつ様子が変わってきて、合宿後からパタリと行かなくなった。

部活を辞めて無気力に

超スパルタ、昭和のままのスポコン系運動部で、顧問に嫌われたら最後、絶対にユニフォームは着れない。まぁ、元々レギュラーになれるレベルではなかったけど、「絶対試合に出られない」と感じてしまった時点で、息子のモチベーションは完全になくなったようだ。実力面でも厳しいのに、先生に好かれる要素(好かれようとする努力)も全くないため、いくら頑張ったところで可能性は0だと判断したらしい。

まず、ここで無気力になってしまった。中学生活のベースともなっていた部活。友達の大半もそこにいるのに。…つまりそれまでの人間関係も捨てざるを得なくなったのだ。そして急に時間ができるわけだが、代わりに何をしたらいいかもわからない。みんな忙しくて放課後一緒に遊ぶ相手もいない。私や旦那も、「一度やると決めたことは最後まで頑張った方がいい」「やめるなら他の部活に入れ」と言われ、学校に行っても先生達から、ちゃんとしろ、部活は続けるべきだ、頑張れと言われる日々。

相当嫌気がさしたようで、夏休み明けからしばらく登校しなくなった。

中学生にしてみたら相当きつい挫折だろうし、否定されまくる日々は辛いだろう。しかし、この時は私も「この子は何も続けられない子なのだろうか。このままずっと学校に行かなくなったらどうしよう。この子の将来はどうなってしまうんだろう。」と不安ばかり抱いて、悩んでいた。私がそんな感じなのを察知したのか、少ししてからまた登校するようになった。

学校に行くのは誰の為?

今から思うと、私の頭は「世の中の常識」と「固定観念」と「~すべき」でガチガチだった。子どもの個性や気持ちよりも、常識に囚われていて、みんなと同じことができない息子を受け入れることが出来ずにいたのだ。

だけど、「とにかく学校に行ってくれ」と考えている自分にふと疑問符が湧いた。学校に行きたくないと思っている息子の気持ちを無視して、学校に行く事が全てだと考えているのって、一体何のため?子どもの為なのか?子どもの将来のためだと言いながらも、結局は世間体を気にしているだけじゃないの?ただ単に、学校に行かない我が子を受け入れられないだけなんじゃないのか。

狭い世界に生きているのは私自身だったのだ。

集団生活が苦手な息子。それを個性として良い方向に伸ばせる場所は他にないのだろうか?

学校以外の選択肢はあるのか

「もし中学に行かなくなったとしたら、他にどんな選択肢があるんだろう?」とふと考えた。今まで「子どもは中学に行って、高校に行って、どこかしらの大学に行くんだろうな」「私立はお金かかりそうだから、ちょっと勉強頑張って都立、国立に行ってくれないかな~」なんて呑気に考えていたのだ。そもそも「中学に行かない」という想定は全く無かったのだ。だから中学に通う以外の選択肢がこの世にあるのかどうかさえ考えたことがなかった。

そこで、まずは色々と情報を集め出した。ネットで集められる情報を集めることからスタート。そして気になったものには問い合わせをしたり、資料請求したりした。

フリースクール

最初に思いついたのはやはり「フリースクール」だ。「フリースクール」で検索をすれば様々な情報がヒットする。家の近くで通えそうなところはあるのか?そこで何をするのか?費用はいくらかかるのか?そこにはどんな子ども達が通っているのか?その子たちはそこを出てからどんな道に進んでいくのか?

ネットだけではなかなかリアルな情報は得られないし実際に通ったことがないので事前情報だけにとどまるが、フリースクールとはどういう所なのか私なりの印象をまとめると…

行ける時に行って自由に過ごす居場所、という役割のようだ。あくまでも、教育ではなく子どもの居場所。学校以外に居場所があることで自分の存在価値を自分で認められて、周りからも受け入れられ、社会生活に少しずつ自分のペースで馴染んでいき、自分のペースで社会に出るための場所。また、一人でいるとなかなか人と関わらなくなってしまうため、フリースクールで色々な人との関わりを持つのも大事なことだと感じた。学校では評価されないようなことも、フリースクールの活動の中で発揮できたり、自由な取り組みとして認められることもあるだろう。

中には、プログラミングや料理などのカリキュラムがあるフリースクールもある。ミーティングの時間があって自分達で様々なルールを決めて自主的に、主体的に活動をしているのはとてもいいと思った。

さて、色々と調べている中で息子が興味をもちそうな要素がないかを探してみた。しかし、これと言って息子の心を動かしそうな要素が見つからない。息子をヤル気にさせるのはかなり難しいことはよくよくわかっている。よっぽど興味を持たなければ動かない子だ。行っても特にやりたいことがないなら家にいた方がマシ、と言うに違いない。

そして意外に費用がかかるのも現実。そうか、公立中学というのは最も安上がりの教育機関なのだな、と心から実感する。義務教育の時に他の選択をするという事はそれなりの経済力が必要なのだ。フリースクールに通うには大体のところが月に数万円かかる。それに交通費や昼食代などが別途必要となる。公的な施設ではないから負担が大きいのは仕方がない。まだまだ補助なども足りていないのだろう。

N中等部

学校法人角川ドワンゴ学園「N中等部」。ここはかなり魅力的な内容だ。ネットコース、通学コースが選べて、通学も週一日、週三日、週五日から選択。

これからの社会で創造力をもって活躍する人材を育成するため、
N中等部には、基礎学習(国・数・英)、プロジェクト学習、プログラミング学習を中心とした幅広い学びがあります。
70年以上に渡り、文芸・映画・アニメなど多様なコンテンツを世に生み出してきたKADOKAWAと、インターネット動画サイトの先駆けとなったニコニコ動画を開発しIT業界を牽引するドワンゴの力を合わせた、新時代のための魅力的なカリキュラムです。

https://n-jr.jp/commute_course/curriculum/

こちらは「居場所」というよりも、自らこの教育環境とカリキュラムを望んで行く「新しい教育の場」だと感じる。まだ斬新だが、これから教育はどんどんこういう方向にシフトしていくのではないだろうか。

カリキュラムが充実しているので、学ぶ意欲があれば吸収できることはたくさんあるだろう。つまり意欲的な子であればこの環境を生かし、自分の興味関心をかなり深めていけると思う。普通の中学校では学べない分野や、好きなことを中学時代から取り組めるというのは素晴らしい環境だと思った。

ハードルとしては、学費がかなり高い。週5日の通学コースで1期73,500円。1年で12期ある。つまり毎月73,500円の学費が必要。多くの私立中学よりも高いかも知れない。週3日でも56,100円と私学並み。元々毎日学校に通えていない子どもにここまでの教育費をかけられるかと言うとちょっと勇気が出ないのが正直な所だ。学校としてはかなり魅力を感じたが、経済的な部分で我が家には厳しい。

ホームスクーリング+習い事

さて、どこに通うとなってもそれなりにお金がかかる。本人が強い意志を持って「そこに通いたい!」という意欲をみせるのであれば親としては頑張るところだが、本人には全くその気はない。その気がないまま入ってもモチベーションが0なので、また辞めると言い出す可能性がある。

フリースクールやN中等部などはいざ入るとなったら初期費用もかかるので、もしまた辞めるとなったら親としてはかなり痛い。つまり、一度入ったら最後まで通ってくれ…とどうしても考えてしまう。それは親の都合なので、やっぱり避けたい。

そこで最もフレキシブルな選択肢として残っているのが、「ホームスクーリング」である。つまり自宅学習。学校に行かずとも自分の力で勉強してしまおうという選択肢である。

今は自宅で学習できるシステムも色々とある。通信教材もそうだし、『スタディサプリ』のようにオンライン上の動画などで授業が受けられるサービスもある。そういったものを活用すれば、自分で勉強をすることは可能だ。そして費用面でも負担がかなり少なくなる。

ただ、一番の問題点は、「自己管理」である。誰にも強制されず、時間も決められていない中で、自分でしっかり学習を進められるのか否か。多くの子ども達は「習慣」として、朝起きて登校時間までに学校に行き、時間割にそって授業を受け、宿題が出るから家で学習をする。ある意味強制的だからこそ毎日その生活を繰り返すことができるのだ。この強制力が無くなった状態で、自己管理でここまで出来る子どもはほとんどいないだろう。大人だって難しい。私だったら絶対無理。かと言って、親が全部管理してやらせるというのはさらに難しい。親子関係にひびが入るかも知れない。どうしたって毎日学校に通う子ども達よりも学習時間は短くなるし、集中する時間も短いだろう。すぐにゲームやスマホに気を取られてしまうのだから。そこは割り切る必要があるかも知れない。

また、家にずっといると運動量が少なくなったり、人と関わる時間が減ってしまったり、社会との関わりが少なくなりがち。なので、興味のあることや伸ばしておきたいことについては習い事として通わせるのはいいのではないかと思う。ホームスクーリング+習い事。特に一人で習得するのが難しいものは習い事でカバーしておくと良いと思う。何しろ時間はたっぷりあるわけだから、何もしないでいるのは非常にもったいない。集団生活が苦手でも、少人数やマンツーマンの習い事は色々あるだろう。

選択肢が広がると世界が拡がる

このように、中学に行かない場合の他の選択肢を探し出すと、実は世の中には色々あるのだと気付く。それまで「中学生は中学校に行くもの」という世の中の常識だけを持って生きてきた私には、他の選択肢は存在していないも同然だった。しかしそれはなんと狭い世界に生きていたのだろうかと今となっては思う。

息子が学校に行かないという出来事によって、私の世界は拡がった。世の中には見ようとしないと見えないものがたくさんあるのだ。そしてアンテナを張り出すと、今まで知らなかった情報がどんどん集まってきて、自分の世界が一気に広がる。その中から自分で選ぶことができるのだ。勝手に敷かれたレール以外にも、生きる道はいくらでもあるんだ。そこから外れたからといって奈落の底に真っ逆さま…なんてことはないのだ。むしろもっと面白い、可能性に満ち溢れた、新しい生き方に繋がる道が見つかるかも知れない。

不登校をプラスにする

その後、息子はあるささいな出来事を境にまた不登校になった。毎日学校から電話がかかってくるのでたまに顔を出すことはある。でも登校した日は何かしら怒られて帰ってくるか、消耗してぐったりしているのどちらか。正直、学校に行かない日の彼の方が生き生きしている。

実は今、学校に行かない息子に対して、私は焦りも不安も怒りも全くなくなった。むしろこれからどんなオリジナリティあふれる道を切り拓いていけるか楽しみにさえなっている。あんなこと、こんなこと、やってみたらどうかと一緒になって考えてワクワクしている。普通の中学生だったらできないこと、選ばないことをやれるんだから面白いじゃないかと。

そもそも学校に行かない、なんてこと私にはできなかった。思ったこともなかった。いや、もちろん「明日学校行きたくないなー。学校に雷が落ちて休みにならないかなー。」とか妄想したりはしたが、それでも普通に朝が来たら学校に行ってた。疑問をもつことはなかった。

だけど息子は「学校に行く意味がわからない」「学校には行きたくない」と言い、そして「行かない」という選択肢を選んだ。私にはできないから、すげーなこいつ、と思う。周りと違うことをする勇気があるんだなと。

だからこそ、これを人生のマイナスや失敗と捉えずに、自分の生き方を自分で選んだのだとプラスに考えて欲しいと思っている。これからも主体的に、そしてチャレンジングに生きて欲しい。ただ、生まれてから十年ちょっとしか生きてないわけで、まだまだ物事を知らないし狭い世界で生きている。レールから外れてこれからどうなっていくのか、将来のこともまだまだ考えられていないだろう。だから、経験値としては上であり誰よりも彼の幸せを願っている私たちが、出来る限り彼の個性を輝かせる方向に導いていきたいと思う。

こんな風に視点を変えてくれた不登校の息子には、面白い世界を見せてくれてありがとうと思っている。今わたしが見ているのは、前よりもずっと面白い世界だ。

いいね!と思ったらシェアしてね♪

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする